我が家のテレビの歴史
その昔、1960年代はブラウン管テレビの時代で、画面サイズは14インチくらいが多かった。1980年代になると、我が家の東芝製14インチテレビも寿命が来たようで、画面の上下が次第に狭くなってきた。そこで、電器店の店頭で出始めていたハイビジョン液晶テレビの画面を見たら、BS番組の画面が実にきれいだった。ところが、地上波の番組に切り替えたら、解像度が変わらないので実に粗い、見難い画面になった。技術の進歩は恐ろしく、その後、走査線変換技術もあって、購入しても良いかなと思い始めた。カミさんは、大画面のテレビが欲しいと言うので、2005年に、Sony BRAVIA KDL-46X1000という46インチ液晶テレビを選んで購入した。その価格は1万円/インチに近い値段だったので、驚いた記憶があるが、当時はそれくらいが相場だったのだ。我が家で観ると、森や大木の葉の緑色が潰れてダンゴになる傾向があったが、それ以外は特に気になることも無く、まあまあ満足して見ていた。
そのテレビも今年(2019年)、スイッチを入れても画面が出なくなった。修理も考えたが、市場価格も随分落ち着いて来たので、購入を検討した。
カミさんは相変わらず、大画面のテレビを望んだ。場面の枠の部分の幅が狭くなったことを考慮すると、55インチでも寸法的にはかつての46インチと変わらない、とのロジックに負け、部屋のサイズ(24畳)も考慮して、55インチに決めた。
テレビも安くなったものだ
店頭の大画面で観る自然の風景の美しさ、自動車レースや鉄道、さらに、サッカーやラグビーのスポーツの場面の迫力など、「さすが大画面」と驚き、感心した。それにもまして、液晶テレビの価格の安さは一体ナンダ! 20インチや30インチのテレビの安いのはともかく、大画面でも5000円/インチにもならない。さすがに有機ELテレビは、韓国製はともかく、日本ブランドは結構な値段を付けているが、液晶テレビと比較して何の優位性も感じられない、ということで、いよいよSony BRAVIA KJ55X8550Gが我が家にやって来た。我が家で55インチのテレビを観たら「ン?」
我が家の居間に据え付けられた55インチのテレビを観て、初めはチャンネルをあちこち動かし、店頭で観た時のように、自然の風景の美しさを満喫した。ところがである。テレビを観ていると、朝から晩まで自然の風景を観るわけでは無い。まず、朝はニュースから始まり、対談があり、娯楽では漫才や落語・講談がある。時には一人や二人がクローズアップ(大写し)されることがある。すると、顔が現物より大きく映り、シワやホクロや毛穴まで、嫌でも目に入って来る。画面が大きいからと言って、何もかも大きく映って欲しくない。まして、嫌いな政治家Aの顔など見たくもない。 さてどうしたら良いか
対策は簡単である
画面が大きいからと言って、何もかもフル画面で観る必要は無いのだ。画面を左右に二分して二つの番組を観られると言うテレビもあるらしいが、それでは十分ではない。例えば、PCのモニター画面を拡大縮小することが出来る。それを考えれば、テレビの画面を視聴者が番組によって縮小出来れば良いのだ。連続的に変えられても、10~100%を10%づつ段階的に変えられても、どちらでも良い。簡単にする時は、2/3の66%、1/2の50%、1/3に近い30%としても良いだろう。この趣旨をSonyに手紙で送ったら・・・
このようなアイデアはすでに考えられているかもしれないし、製品化されているのかもしれない。しかし実感として、将来の製品にこのような機能を持たせて欲しいと強く考えた。そこで、メーカー(S)に手紙を出したのだが、この手紙は早々に返却されて来た。それも、郵便局の証明付きで!メーカーが手紙を返却してきた理由だが、そして以前、他のメーカーからも同様な理由で手紙が戻されて来たことがあったのだが、「メーカーとして将来のためにいろいろ研究・開発をしている。その活動に対する制限・制約にならないように、社外からの提案は受け取らない」という趣旨だった。私としては、どこのメーカーでも良いから、この機能を持った製品を出して欲しいと望んでいるのだが。
皆さんははたして、いかがお考えになるだろうか。
(終)
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